2002/12/22(Sun)
文明の限界を超越して原初に戻ったような高尚な人々は近代性にきわめて寛容だ。近代的洗練に異議を唱えるような一部の先鋭的な俄かエスニカンたちとは違う。もしも文明の限界を突き抜ける大変なプロセスを経た人なら、自らも通った「洗練」を対極に据えてそれを貶めることで自らの存在意義を確かめるようなまねはしないだろう。
僕が槍玉に挙げた俄かエスニカンたちはナルシストを気取るが、自身の追い求めるものだけで自己完結できず別の何かとの相対評価で自分の位置を決めるような主観の持ち主などナルシストと呼ぶにも値しない。
小谷隆