2003/3/15(Sat)
悪意がないのに人を傷つけてしまうことほど悲しいことはないが、どれだけ誠実に生きようとしてもそれは起こりうる。厚意は悪意にとられ、誤解を解こうとしても対話さえ拒まれ、沈黙すれば無関心さを責められる。些細な行き違いもこんな悪循環に入ると取り返しのつかない亀裂を招く。
しかしそんなことで切れてしまうなら所詮その程度の関係しか築けない相手だったということ。「見損なっていた」と人は口にするが、それは相手の人格をなじる言葉のようで実はそんな相手を見抜けなかった自分の眼力の無さを吐露する言葉なのだ。
小谷隆